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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)91号 判決

選定当事者 上告人 谷川寿光(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

選定当事者 同 氏家義一(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

被上告人 高橋國雄

右訴訟代理人弁護士 伴義聖

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人らの上告理由について

本件記録によれば、上告人らの本訴請求は、(1)  市川市長である被上告人は、昭和六一年七月一八日、市川市特別職の職員の給与、旅費及び費用弁償に関する条例(昭和三一年市川市条例第二六号。以下「本件条例」という。)五条の三に基づき、昭和六一年六月の市川市議会定例会本会議及び常任委員会に出席した議員のうち三七人に対し、費用弁償として、総額七七万一〇〇〇円を支出した(以下「本件支出」という。)、(2)  地方自治法(以下「法」という。)二〇三条三項に基づく費用弁償は、所得税法九条一項四号ないし六号所定の非課税の給付に限定されるべきであり、それ以外のものは報酬に含まれるべきである、(3)  本件条例五条の三は「議会の議員が、本会議、常任委員会又は特別委員会に出席したときは、費用弁償として日額三〇〇〇円を支給する」と規定しているところ、右三〇〇〇円のうち二五〇〇円は昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費に相当し、この部分は所得税法九条一項四号ないし六号所定の非課税の給付には当たらず、本来報酬に含まれるべきものであるから、右部分の支給は違法である、(4)  被上告人が、〈1〉 法二〇三条三項所定の費用弁償に当たらない昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費を費用弁償の内容とする予算案を議会に提出した行為、〈2〉 同内容の本件条例案を議会に提出した行為、〈3〉 本件条例五条の三が可決された後、付再議権を行使しなかった行為、〈4〉 本件条例五条の三の公布後本件支出までの間に、法一四九条五号の会計を監督する権限を行使しなかった行為は、いずれも違法である、(5)  本件支出のうち六四万二五〇〇円は、昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費に相当する部分であり、違法であるが、それは右(4) の〈1〉ないし〈4〉の各行為が違法であることにより違法となるものである、(6) 被上告人の右(4) の〈1〉ないし〈4〉の各行為は法二〇三条三項の解釈を誤った過失に基づくものであるから、不法行為に当たり、市川市は、これにより六四万二五〇〇円相当の損害を被った、(7)  そこで、市川市の住民である上告人らは、法二四二条の二第一項四号に基づき、市川市に代位して、被上告人に対し、右六四万二五〇〇円とこれに対する遅延損害金の支払を求める、というものである。

上告人らの本訴請求は、右(4) の〈1〉ないし〈4〉の各行為が違法であることにより本件支出のうち六四万二五〇〇円が違法となると主張するものであるが、その主張は、費用弁償として昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費に相当すると上告人らにおいて主張する部分(すなわち、日額三〇〇〇円の費用弁償のうち二五〇〇円の部分)を含めて支給することとしている本件条例五条の三が法二〇三条三項に違反することを前提としているものというべきである。

そこで、本件条例五条の三が法二〇三条三項に違反するかどうかについて検討する。

法二〇三条は、普通地方公共団体の議会の議員等は職務を行うため要する費用の弁償を受けることができ(同条三項)、その費用弁償の額及び支給方法は条例でこれを定めなければならない(同条五項)と規定しているところ、右費用弁償については、あらかじめ費用弁償の支給事由を定め、それに該当するときには、実際に費消した額の多寡にかかわらず、標準的な実費である一定の額を支給することとする取扱いをすることも許されると解すべきであり、そして、この場合、いかなる事由を費用弁償の支給事由として定めるか、また、標準的な実費である一定の額をいくらとするかについては、費用弁償に関する条例を定める当該普通地方公共団体の議会の裁量判断にゆだねられていると解するのが相当である。

本件条例五条の三は、議会の議員が、本会議、常任委員会又は特別委員会に出席したときは、費用弁償として日額三〇〇〇円を支給する旨定めているが、右費用弁償の支給事由及び額が法二〇三条により市川市議会に与えられた裁量権の範囲を超え又はそれを濫用したものであることを認めるに足りる事情はうかがわれないので、右裁量権の範囲内のものと解するのが相当である。

したがって、本件条例五条の三は、法二〇三条に違反するものではないから、上告人らの本訴請求は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

以上のとおりであるから、上告人らの本訴請求は理由がないので棄却すべきであるとした原判決は結論において正当である。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官香川保一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官香川保一の反対意見は、次のとおりである。

被上告人は市川市長の地位にある者であり、本件訴訟は、市川市の住民である上告人らが、被上告人が本件支出をしたのは違法であると主張し、法二四二条の二の規定に基づき同市に代位して被上告人に対し損害賠償を求めているものであるが、かかる訴えは不適法として却下すべきものである。

すなわち、法二四三条の二第一項本文後段の「次の各号に掲げる行為をする権限を有する職員」には普通地方公共団体の長も含まれるというべきところ、同項所定の職員の行為により普通地方公共団体が被った損害の賠償請求に関しては、住民が法二四二条の二の規定により普通地方公共団体に代位して訴訟を提起することは許されないと解すべきであって、その理由は、最高裁昭和六二年(行ツ)第四〇号同六二年一〇月三〇日第二小法廷判決・裁判集民事一五二号一二一頁における私の反対意見の中で述べたとおりである。

なお、本件訴えが適法であるとした場合には、私は、本案の問題については、多数意見に同調するものである。

(裁判長裁判官 木崎良平 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 中島敏次郎)

別紙 選定者目録

小川広 杉原福 藤田光三 氏家義一 谷川寿光

上告人らの上告理由

一、上告人らの請求としては、被上告人による市川市の公金本件六四万二五〇〇円の支出は、民法七〇九条に該当する不法行為であり、被上告人個人の負担において市川市へ返還すべきであるとするものである。

その理由としては、以下のとおり。

〈1〉 被上告人は、地方自治法二〇三条三項の費用弁償の規定の解釈を誤り、本来費用弁償に当たらない昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費を費用弁償の内容とした予算案を市議会に提出した。

〈2〉 被上告人は、同様にして、同内容の条例案を市議会に提出した。

〈3〉 被上告人は、右条例が本件条例五条の三として可決後、付再議権を行使しなかった。

〈4〉 本件条例五条の三の公布は昭和六一年三月二七日であり、それに基づく最初の費用弁償の支出は同年七月一八日であるから、その間に被上告人は、市長としての担任事務である地方自治法一四九条五号の「会計を監督する」権限を行使して違法支出にならぬよう是正措置(財政部長を指揮して歳出配当から本件費用弁償中の違法支出分を削除させること)を講ずることができたにもかかわらず、これを行使しなかった。

つまり、本件支出の原因行為として上記の四点の行為が違法であることにより、それが承継され本件支出もまた違法となるのである。

違法性の承継についての最高裁判所の考え方としては、原因行為が財務行為か非財務行為か、あるいは後続の公金支出との接続が直接的か間接的かを問わず、因果関係があれば無条件的に認めている。

すなわち、いわゆる地鎭祭費用支出住民訴訟事件に対し、「公金の支出が違法となるのは単にその支出自体が憲法八九条に違反するだけでなく、その支出の原因となる行為が憲法二〇条三項に違反し許されない場合の支出もまた、違法となることが明らかである。」としている(最高裁大法廷昭和五二年七月一三日判、判例時報八五五号二四頁)。

該事件では、市体育館の起工式が神式により行われ、それが原因行為として後続の公金支出が違法となるかどうかが判断されているのである。

体育館の起工式が財務会計行為でないことは言うまでもないし、起工式があったからといってその費用を市が負担するとは限らず、工事請負業者が負担する場合もあるから、起工式が必然的・直接的に市の公金支出の原因になっているわけではないのである。

二、本件においてはまず、地方自治法二四二条の二、一項四号の代位請求住民訴訟において、普通地方公共団体の長(以下においては「長」と略記する。)の賠償責任にいかなる法の適用があるかが検討されなければならない。

地方自治法二四三条の二の職員の賠償責任の規定「職員」のなかに「長」もまた含まれるか否かは、従来、住民訴訟に関する重大な論点であったが、最高裁判所は、昭和六一年二月二七日判決(判例時報一一八六号三頁)において故意又は重過失の場合にのみ賠償責任を負う「職員」と区別し、「長」の賠償責任については民法の規定によるものと解するのが相当との判断をなした。

こうして、「長」の不法行為には民法七〇九条が適用され、単に故意又は重過失の場合のみでなく、軽過失の場合も賠償責任を負わざるを得ないとの法解釈が確定したのである。

三、次に、「長」の権限と義務に関し、地方自治法の定めるところをみると、権限のうち担任事務としては、条例等の議案提出、予算の調整・執行、会計の監督等(同法一四九条、一、二、五号)を有し、又条例や予算に関し議会に対する付再議権(同法一七六条)、支出・収入に関し議会に対する付再議権(同法一七七条)も持つ。

又、執行機関としての「長」の基本的義務として地方自治法は、「自からの判断と責任において」事務の誠実な管理と執行を定めている(同法一三八条の二)。

この「自からの判断と責任において」という地方自治体の執行機関の事務の執行は、国の場合の議院内閣制と異なって、「長」は、住民の選挙により選出される制度をとっていることにより議会と対等な関係にあるところから、原則として議会の意思に拘束されず、すべて自からの意思決定に基づいて行うべきことを明らかにしたものである(長野士郎『逐条地方自治法』学陽書房三七一頁、室井力・兼子仁編『基本法コンメンタール地方自治法』日本評論社一一五頁)。

四、そこで、本件について具体的に検討する。

原判決は、予算案や条例案の内容が違法であったとしても、通常は議会の審議で是正されるはずであり、仮に予算案や条例案に含まれる違法な内容がそのまま予算や条例として議決されたとしても、それは議決した議会ないし議員の責任であり、予算案や条例案を議会に提出した「長」は、議員と共同で又は競合して責任を負うものではない、と言う。

しかしこの判断は、上述の議会と対等な関係に立ち、自からの判断と責任において条例案や予算案の提出義務を負う執行機関としての「長」の責任を不問に付する不当な解釈である。

条例は、「法令に違反しない限りにおいて」制定することができる(同法一四条)のであり、「長」には、自からが提出する条例ないし予算案が法令に違反しないかどうか検討しなければならない注意義務がある。

本件の場合、本件条例五条の三の費用弁償が地方自治法二〇三条三項に違反するか否かを検討しなければならない注意義務が該条例提出者の被上告人にあったが、被上告人はそれを怠った。

そして特に本件の場合注目しなければならないのは、被上告人自からが主張しているところであるが、「本件条例案の提出の経緯は、費用弁償についての市川市議会側からの要望を踏まえた上、地方自治法二二二条、二一一条との関連から、慣例により市川市長提出の形をとったというもの」(第一審における昭和六二年二月二五日付、被上告人準備書面(一)、三丁表面)である点である。

本件条例提出時、市川市議会は、被上告人を支える与党が議員総数四四人中三八人という圧倒的多数を占め、実際、本件条例が可決された昭和六一年三月二四日の市議会本会議では、欠席した与党議員一人を除き、与党議員三七人が本件条例に賛成している。

被上告人が述べているとおり、本件条例は、多数与党の議員の要望を踏まえ形式上、被上告人の提案という形をとったものに過ぎないから、本件条例案が議会審議で否決されることはあり得なかったのである。

原判決の論旨は、こうした実態を全く無視した空論に過ぎないのであり、本件においては、議会にも一半の責任はあるものの、被上告人にも議会と共同ないし競合する責任がある。

原判決の論旨によれば結局、通常議会の議決があった場合の公金の支出は、議会ないし議員に法的責任は所在し、公金支出の責任者である「長」には法的責任はないから、「長」は、支出それ自体に違法性がなければ、住民訴訟の被告として責任を問われないことになる。

しかし、議会の議決に基づく公金の支出も住民訴訟の対象になり、支出それ自体に違法性はなくとも「長」に一定の措置を請求できることは最高裁判所の判断で明らかとなっている。

すなわち、最高裁は昭和三七年三月七日の大法廷判決(民集一六巻三号四四五頁)において、住民監査請求・住民訴訟は、財務会計上の行為に関する「長」その他の職員の行為を対象とするものであって、議会の議決の是正を目的とするものではないが、「長」その他の職員の公金の支出等は、一方において議会の議決に基づくことを要するとともに、他面法令の規定に従わなければならないのは勿論であり、議会の議決があったからといって、法令上違法な支出が適法な支出となる理由はないとし、議会の議決に対する住民の対応として、地方自治法の住民監査請求・住民訴訟で、個々の住民に違法支出等の制限、禁止を求める手段を与え、もって公金の支出、公財産の管理等を適正たらしめるものと解するのが相当であり、かく解するならば、監査委員は、議会の議決があった場合でも、「長」に対しその執行につき妥当な措置を要求することができないわけではないし、ことに訴訟においては、議決に基づくものでも執行の禁止、制限等を求めることができるものとしなければならない、と判示しているのである。

該事件では最高裁は、そうした論旨に立って「長」を被告とする住民訴訟を適法と認めたうえ、警察法の制定過程の適法性を審査し、それを合法と判断した結果住民の請求を棄却しているのである。

最高裁がこうして、議会の議決があった場合でも、公金支出に関し、「長」に法の定める措置請求ができるという判断をしたのは、上述したところの「自からの判断と責任」という自立性が「長」にあることが根拠になっていると考えられる。

条例案や予算案の議会提出の際についてのみでなく、本件原判決は、「長」の議会に対する付再議や会計監督の担任事務についても、地方自治法一三八条の二の定める「自からの判断と責任」という基本的義務を全く見落している。

五、以上からして、本件支出の前段行為としての被上告人の予算案の議会提出、条例案の議会提出、再議権の不行使、会計監督権限の不行使が本件支出を違法とするものでないとした原判決は、地方自治法一三八条の二、昭和三七年三月七日及び昭和六一年二月二七日最高裁判決等に違背している。

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